ハワイで生きる

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愛がいっぱい、キッズのサーフコンテスト =デュークス・メネフネ・サーフ・フェスト=

愛がいっぱい、キッズのサーフコンテスト =デュークス・メネフネ・サーフ・フェスト=

あっと言う間の1週間。   先週末から大忙しの理由は、オアフ島での海祭りとも言える 「デュークス・オーシャン・フェスト」が9日間に渡って開催されている。   今年で16回目の開催となるこのイベントでは、ハワイを代表する伝説のウォーターマンである「デューク・カハナモク」の生誕127周年を祝い、デュークが海で嗜んだロングボード、パドルボード、スタンドアップパドルボード、アウトリガーカヌー、水泳、タンデムサーフィン、ウォーターポロ、ビーチバレーなど、様々なマリンスポーツの大会が行われている。   毎年初日は、 キッズのためのコンテストである「メネフネ・サーフ・フェスタ」から始まり、親達は前日から大忙し!   まずヒートの時間をチェックし、場所取り作戦開始。ちょうどキングタイドというスーパーハイタイド(満潮)になる時間なので、前日にビーチを見て、どこまで潮が上がるかを確認。   そしてテントをひとつ借りに行き、次はご飯の用意。参加キッズのママ達に連絡し、ポットラックをアレンジ。ハワイ生活で学んだことは、ビーチにいる人達全員を食べさせる勢いで持っていくのがアロハなおもてなし(笑)   そして私は5時起きでビーチへテントを張りに行き、場所取り。さすがに暗いうちから一人でテントを立てるのは難しいので、早朝から参加キッズのパパ一人を電話攻めで起こし、お手伝いしてもらった。   5時半に着くと、ビーチは既にテントだらけ!!!   遅かったか・・・と思うものの、狙っていた潮の満ち引きにも影響のないスポットがちょうど空いていた!   テントを二つ立てテーブルをセッティング。またご近所さんの犬のピーナッツを預かっているので、ピーナッツ用に傘を立ててあげ、場所取り終了!   そして家へ戻り2度寝・・・   お昼頃にビーチへ向かうと、ヒートの時間が1時間以上も早まっているとみんなパニック状態(笑)   私は今回初参戦のケントを波に押してあげる予定だったので、急いで海へ入った。 Good job ケント!   そしてそこからも大忙し。 ビーチは知り合いばかりなのでお話しながら、ご飯のセットアップ、サーフボードのアレンジ、撮影準備。一番時間がかかったことは、アダムにバーベキュ−の支度をさせることだった・・・   アダムは口ばかり動いて手が動かない、ザ・お喋り・・・   エンゾは夕方の最終ヒートだったけれど、そんなことをしていたら、あっと言う間に時間がきた。   早いもので、エンゾにとって7回目のキッズサーフコンテスト。   3歳の時の一番最初のコンテストでは 濡れたジャージが嫌だと大泣きし・・・   タンデムで立つのがまだ怖かった頃から頑張って、   […]

やっと始まる普通の生活

やっと始まる普通の生活

エンゾがようやく帰ってきて、心落ち着けた日もわずか一日・・・ 翌日は裁判所へGO!   ネガティブなエネルギーをシェアするのも申し訳ないので、重い話は書かないようにしていたら、この5年間ほぼアップできなくなってしまっていた。 このままではいつまで経っても前に進めないし、きっと私の普通じゃありえない体験談は誰かの役に立てると思うので、 これからはヘビーな話も全てをオープンに、楽しく書いてみることにした。   オアフ島西部、ワイケレを越して次の街「カポレイ」にある家庭裁判所。タラーン↓ できれば来たくないこの場所。 果たして何回目の出廷だろう・・・   2012年に始まったエンゾの父子認定訴訟から、もう5年以上も続いていて、この2年間だけの書類でこんな↓ 電話帳2冊分くらいの厚さ。半分でこれ!   実は4年前、 ビザが切れるので一度帰国することにした。 その時日本がハーグ条約の加盟国でなかったため、子を誘致する可能性があるとされ、単独親権を共同親権にされてしまう。   それでもやれ一件落着、ようやく落ち着いてエンゾと日本で暮らせる!と思ったものの、数カ月毎に裁判所から呼ばれ、ハワイへ戻らないと逮捕状を出すという条件まで出され・・・   ビザの滞在期間が満了する頃にも、裁判所から出国を禁止され、   「あのぉ・・・延長可能期間も既に使い切ってしまったし、移民局は許可しないと思うのですが・・・」   と裁判官に言うものの、裁判所命令と一点張り・・・   ハワイにいなさいという、神からの命令?! 良いのか悪いのか・・・   この5年間、永住権と就労許可がないということから裁判所の取り決めで、毎週曜日が変わる面会に有無を言わさず応じなければならなく、エンゾは安定したスケジュールで学校へ行けず、私はキャリアを諦めなければならなかった。   これは本当に悔しく、経済的にも私達の生活を苦しめた。   けれどこれは子育てに集中しろという天からメッセージだと受け止め、エンゾと密着しながらシンプルライフを送り、それが私たちにとって最高の贅沢となった。   今回はエンゾの義務教育がスタートすることから、学校の選択、課外活動、そして面会日数の減少に至るまでの臨時命令を出してもらった。3ヶ月後にはまた公判だけど、これでひとまず一安心・・・   とりあえず、やっと普通の生活がスタート!

ハワイらしい小学校

ハワイらしい小学校

やっと落ち着いて、学校へ行けるようになったエンゾ。   7月にプリスクールを卒業し、これからはキンダーガーテン。   キンダーガーテンとは日本語に訳すと幼稚園となるけれど、日本のシステムに例えると、幼稚園の年長クラスの一年間のことで、小学校の中で行われる幼稚園課程。   日本とアメリカの教育制度をうまく比較した表を発見↓ アメリカ情報サイトの「Lighthouseロサンゼルス」から参照。 http://www.us-lighthouse.com/life/daijiten/school-and-education-system.html   エンゾが通うのは「チャータースクール」というハワイの中でもユニークな学校で、簡単にいえば私立校のような、 公立学校。 クリントン政権の時の教育改革のひとつで、公教育を改善するために開始された新しいシステム。公費で運営されるけれども、教師、地域団体、保護者が理想とする「手作り教育」を行うのがチャータースクール。   この学校では学力より、まずサステイナビリティーやコミュニケーション能力を重視し、またアートやスポーツ、ハワイアンカルチャーなどのクラスが多く組み込まれていて、校内もカラフル。   階段といい、   壁画といい、   プレイグラウンドといい、いちいちかわいい。   朝は保護者へのコーヒーサービスもあり、   さらにはオーシャンビュー! 以前この学校の裏に11年住んでいて、こんな小学校へ行きたかったなぁ・・・子供が出来たらここへ行かせたいなぁ・・・と思いながら、毎日通り過ぎていた。   そしてホノルル地域ではとても人気の高い学校で、越境入学志願者も多く、なかなか入れない。   私も引っ越す時は、今の家がこの学区内であることを確認した。   しかも校長先生は世界を旅するサーファーで写真家で、なんか親近感を感じる。話してみたら、パタゴニアのアンバサダーになれそうな素敵なオーラを出していた。   エンゾはランドセル代わりに、自分の体の半分くらいあるリュックをしょい、名前が入っていて、誰のものよりも大きいと、自慢げに通学している 。   リュックは教室の外にかけられていて、これもカラフルでまたかわいい。   入学初日から事件が続いたけれど、やっと落ち着いて学校へ行けそうで、本当に良かった・・・   これから楽しみだね。

夢は追う!やりたいことは、とりあえずやってみよう!

夢は追う!やりたいことは、とりあえずやってみよう!

この一週間、重い日が続くなか、良いニュースもあった。   それは16年越し、念願の水中写真撮影用のハウジングが届いたこと。 エンゾが帰って来れない日々が続いたので、嬉しいけれどもお疲れ顔・・・   サーフィン撮影に興味を持ってから16年。 大学で写真学やデジタルメディアを3年も勉強したものの、留学生の分際では高価なハウジングまでに手は出せず、 増しては、高価なカメラを水中へ持っていくリスクなどしょえなかった。   200ドル程で買える水中カメラは何台も所有するものの、深く潜りすぎて、最後の一台以外は見事全て水没させた。 しかもそういうカメラはシャッタースピードが遅いので、イルカが可愛い顔しても、 シャッターが切れる頃には、そっぽを向いていたり、とても悔しい思いを沢山した。   3ヶ月前、とてもチャーミングな紅一点で組織を引っ張る、とても魅力的な女性と出会い、   「これから何がしたいの?」   というシンプルな質問に、とても心を動かされた。   正直プアラニのお店を去って以来、勉強と子育てに集中し、 情熱を感じるキャリアと出会っていない。   やりたいと思ったことを全て白い紙に書き出すと、 一番上に来るのはフォトジャーナリズム。 これは子供の頃からの憧れ。   やってみようかな?   翌日、心より信頼するコーキさんに話してみると、   「おー!やりたいことは、どんどんやっておいたほうがいいぞー!」   と、背中を押してくれた。   そして思い切って即オーダーし、ようやく手に入れたこのハウジング。   面白いことにまた「赤」が寄ってきた。 子供の頃から何かをオーダーすると、違う色を指定していても、赤に仕上がってくる。 欲しいというものがあると、在庫にあるのは赤のみだったり・・・ サーフボード、車、自転車、バックパック・・・   今回もピンクをオーダーしたはずだけど、やっぱり赤になってきた。 縁があるんだな・・・   エンゾが戻らなく、気分の思い日が続いていたので、 […]

エンゾが帰ってきた!

エンゾが帰ってきた!

  さっきエンゾが帰ってきました! 皆様、大変ご心配をおかけしました。 沢山の応援メッセージや情報を頂き、大変励まされ、心より感謝しております。   特に今日は数分毎に吐き気が止まらなく、心臓の痛みも感じだし、さすがに限界かな? そろそろ病院行くか?と思っていたところだったけれど、エンゾが戻って来た瞬間、一挙に直った。   精神的ストレスって、こんなに体に影響があるものなのだと、今回さらに学んだ。    激動の一週間が終わり、やっと視界がクリアーに見える。    ブログでは数日のタイムラグがあったので、きちんと説明すると、 エンゾは一度帰ってこれたものの、昨日学校へ迎えに行ったら、正門前にパトカーが数台並び、西部警察状態。 運悪くも、10分時間が過ぎただけで、ワイキキで車がレッカーされ、2分遅れて到着。    すぐにエンゾに何か起こった!と感じ、急いでクラスへ行くと、 もうエンゾの姿はなかった・・・   訴訟大国メリカでは、面会の日時や、子の引き渡し場所、引き渡し方法などの条件は細かく審判書に書かれていて、 私のものには、同意書によって詳細が変更できると書いてある。    そしてエンゾの幼稚園が始まるにあたり、8月1日からは面会は隔週末のみと合意、お互いに署名した。    なのに何故、しかも突然連れて行かれた? 警察も先生もいるのに!   警察にどうして引き渡したのかを聞くと、 審判書だけ見せられ、面会の日と書いてあるから連れて行くと言ったらしい・・・ 学校側も警察を連れてきたから、ついつい引き渡したという・・・   ていうか、それってあり? 同意書の意味が全くないじゃん!   この行動の目的は?と考えてみると、残念なことしか浮かばない・・・    うちから幼稚園までは片道5分、彼の家からは1時間以上。 朝は渋滞がひどいから、エンゾは5時半起きしなければならない。 エンゾのことを一番に考えたら、車に乗せる2時間半の代わりに、 長く寝かせたり、遊ばせてやりたいと、私だったら思う。   そして今日はエンゾの空手で昇給発表日で、エンゾはずっと楽しみにしていた。   昼寝時間に学校へ来ているか様子を見に行くと、外にエンゾのリュックを発見。 会うと悲しむと思うので、そっと道義をリュックに入れようとゴソゴソしていたら、 […]

良くても、悪くても、早く知ったほうがいい?

良くても、悪くても、早く知ったほうがいい?

    昨日の続き・・・   アメリカでは、実親を知らないという人が意外とよくいる。
私の大学院の時の同級生もその一人。   マラソン通勤をするアスリートの彼女は 、子供の頃から実父がどんな人なのかと想像を膨らましていた。 自分のお父さんだからスーパーアスリートに違いないと信じ込み、 素晴らしい義父がいたのに、実父に遠慮してあまり仲良くできなかったという。   そして28年歳にして初めて実父と会えた。 そこにいたのはものすごい肥満で、髪もといた形跡のないような、 一歩間違えばホームレスかにも見えるような容貌だったという。   それでも仲良くなろうとするものの、
彼女の誕生日さえ覚えていなく、 わずか一年も絶たないうちに 連絡は途絶え、 私の28年を返して欲しい、
義父と仲良くしたかった自分を強く責めたという。   「良い人でも、そうでなくても、
実親は早く知っておいた方がいい」   と、彼女は私に言った。 また同じ頃、ちょうど実親に会ったことなく育った人達の特集番組がやっていた。   想像通りだった、最悪な人だった、素晴らしい人だった、などといろいろな意見があるなか、みんな同じことを言った。   「早く会いたかった・・・」   また文献をいくつか読んでも、同じことが書かれていた。 やはり父親がどんな人であれ、父親を知っておいたほうがいい・・・   またハワイ州では、州から健康保険の援助を受けると、 遅かれ早かれ追跡調査が始まるという。   エンゾの実父は国家公務員。位も高く安定しているので、
私に何かあってもエンゾは生きていける。   「守る」本能が高まっていた私は、自ら認知申請を出した。     エンゾのために、良いと思ってとった行動。 しかしこれが、私達をとても苦しめる結果になった。     実は投函した直後、とても嫌な予感がし、 […]